行ってきました!クリエイターズマーケット。4年ぶりくらいかな。その頃と比べたら比較にならないほどの規模と入場者数・・・名古屋でも着実にアート創作系イベントが根付いてきてるようですね〜。
思ってたより写真メインで出展している人は少なかったけど、アサヒドーカメラが協賛してたり、「レインルーツ」という新しいコンセプトの写真の店がスライドショー企画で出展してたりして、写真・映像系アートに対する注目度もぐっと高くなっていた気がしました。気に入った写真のポストカードやプリントを何枚か買いましたが、何よりも出展者の方々とお話できたのが楽しかったですね〜。ディスプレイの方法も色々と工夫を凝らしていたり、商品にキャンディーが付いてきたりするなど、手作りゴコロをくすぐるあったかい演出もあって面白かったです。
で、実は僕も、こっそりアサヒドーカメラ主催のアナログフォトコンテストに参加してたんですよ。残念ながら選考にもれたので入賞することはできなかったけど、ちゃんと展示はしてくれてたみたいです。それならばもっと宣伝しておけばよかったかな!?
行く時に雪が降っていたものの、会場周辺では夕方に少し陽が射してきたのでその瞬間を撮影。寒波が押し寄せてくる最中、”冷たい”というよりは”痛い”くらいの北風が吹き付けていたけど、荒涼とした港の景色に魅せられて、友達と二人でパシャパシャと夢中でシャッターを切っていました。

で、帰りですが、名古屋駅に近付くにつれて雪が激しくなっていったわけですが、途中のささしまライブ駅から一眼レフを持ったおじいさんが乗り込んで来ました。きっと都会のど真ん中にぽっかり空いた広大な空き地の雪景色を撮りにきてたんだろうなぁ・・・電車が発車しても何度も何度も振り返って窓から望遠レンズを向けたりして、名残惜しそうにしていました。どんなに歳を重ねていても、どんなに寒いときでも、美しいものに心奪われて夢中になれるような、そんなココロを持ち続けていられたら幸せだろうなぁ〜と思います。
思ってたより写真メインで出展している人は少なかったけど、アサヒドーカメラが協賛してたり、「レインルーツ」という新しいコンセプトの写真の店がスライドショー企画で出展してたりして、写真・映像系アートに対する注目度もぐっと高くなっていた気がしました。気に入った写真のポストカードやプリントを何枚か買いましたが、何よりも出展者の方々とお話できたのが楽しかったですね〜。ディスプレイの方法も色々と工夫を凝らしていたり、商品にキャンディーが付いてきたりするなど、手作りゴコロをくすぐるあったかい演出もあって面白かったです。
で、実は僕も、こっそりアサヒドーカメラ主催のアナログフォトコンテストに参加してたんですよ。残念ながら選考にもれたので入賞することはできなかったけど、ちゃんと展示はしてくれてたみたいです。それならばもっと宣伝しておけばよかったかな!?
行く時に雪が降っていたものの、会場周辺では夕方に少し陽が射してきたのでその瞬間を撮影。寒波が押し寄せてくる最中、”冷たい”というよりは”痛い”くらいの北風が吹き付けていたけど、荒涼とした港の景色に魅せられて、友達と二人でパシャパシャと夢中でシャッターを切っていました。
で、帰りですが、名古屋駅に近付くにつれて雪が激しくなっていったわけですが、途中のささしまライブ駅から一眼レフを持ったおじいさんが乗り込んで来ました。きっと都会のど真ん中にぽっかり空いた広大な空き地の雪景色を撮りにきてたんだろうなぁ・・・電車が発車しても何度も何度も振り返って窓から望遠レンズを向けたりして、名残惜しそうにしていました。どんなに歳を重ねていても、どんなに寒いときでも、美しいものに心奪われて夢中になれるような、そんなココロを持ち続けていられたら幸せだろうなぁ〜と思います。
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今日は(正確には昨日かぁ・・・)栄をウロウロしておりました。
松坂屋はデカ過ぎて、何がどこにあるのか、よーわからん(笑)。
北館から本館、南館へと渡り歩けば、地下鉄1区間くらい進んじゃうよね。ってオーバーか!?カル○ィエの赤いショーウインドウに誘われて、ふらふらと中へ・・・桁の多さにクラクラしてしまいました・・・それぞれブティックによってカップルのカラーがはっきり違うのが面白かったナ。ラシックも加わって、名古屋都心も分散化が進んだせいか、意外とどこも空いてたような気がする。
そういえば、立ち寄ったカフェで隣のテーブルに座った客がカツをシチューにボチャっと落として大変なことに・・・たまたま今日は寒かったので、撥水加工のオーバー(まるでスキーにでも行くのかって感じの格好!)を着ていてセーフ!どうやら母娘でメニュー交換してた途中での事故に巻き込まれたわけだ・・・一生懸命謝まりながら拭いてくれたので「大丈夫です〜」と笑顔で返答(←やさしいお兄さん風に)しておいたのだけど、顔は引きつってなかっただろうか???(笑)
松坂屋はデカ過ぎて、何がどこにあるのか、よーわからん(笑)。
北館から本館、南館へと渡り歩けば、地下鉄1区間くらい進んじゃうよね。ってオーバーか!?カル○ィエの赤いショーウインドウに誘われて、ふらふらと中へ・・・桁の多さにクラクラしてしまいました・・・それぞれブティックによってカップルのカラーがはっきり違うのが面白かったナ。ラシックも加わって、名古屋都心も分散化が進んだせいか、意外とどこも空いてたような気がする。
そういえば、立ち寄ったカフェで隣のテーブルに座った客がカツをシチューにボチャっと落として大変なことに・・・たまたま今日は寒かったので、撥水加工のオーバー(まるでスキーにでも行くのかって感じの格好!)を着ていてセーフ!どうやら母娘でメニュー交換してた途中での事故に巻き込まれたわけだ・・・一生懸命謝まりながら拭いてくれたので「大丈夫です〜」と笑顔で返答(←やさしいお兄さん風に)しておいたのだけど、顔は引きつってなかっただろうか???(笑)
先生の絵の展覧会へ行ってきました!それにしても東岡崎駅のど真ん前にこんなにデカくて立派なギャラリーがあったとは・・・。
作品は今までにアトリエとかで見せていただいたもの以外に、木材が絵の一部に直接はめ込められていたり、額にまではみ出して描かれていたりする実験的なのもあって新鮮だった。ちょっと脇に置いてあったアルバムを開いてみたら、先生が自ら若い頃に書かれたと思われるプロフィールなんかも貼ってあって、それがすごく茶目っ気たっぷりの文章で面白かったなぁ。アンドレ・ブルトンの名前も挙がっていたりして、やはり先生はシュルレアリストだったのだナ(笑)。詩心のある作品に惹かれる傾向のある自分だけど、意識していないところでも自然と出会っていたわけかぁー。根っこのところでは共通したキーワードが重なっている気がして、なんだかちょっと嬉しかった。
その後は久々に集まった絵画教室メンバーで焼き肉へ。さらにコメダで閉店まで談笑タイム。相変わらずである(笑)。
作品は今までにアトリエとかで見せていただいたもの以外に、木材が絵の一部に直接はめ込められていたり、額にまではみ出して描かれていたりする実験的なのもあって新鮮だった。ちょっと脇に置いてあったアルバムを開いてみたら、先生が自ら若い頃に書かれたと思われるプロフィールなんかも貼ってあって、それがすごく茶目っ気たっぷりの文章で面白かったなぁ。アンドレ・ブルトンの名前も挙がっていたりして、やはり先生はシュルレアリストだったのだナ(笑)。詩心のある作品に惹かれる傾向のある自分だけど、意識していないところでも自然と出会っていたわけかぁー。根っこのところでは共通したキーワードが重なっている気がして、なんだかちょっと嬉しかった。
その後は久々に集まった絵画教室メンバーで焼き肉へ。さらにコメダで閉店まで談笑タイム。相変わらずである(笑)。
帰ってきてボーッと新聞をめくっていたのだけど(朝寝坊なので新聞は帰宅してから読むのだナ・・・)、「苦節35年・・・」ではじまる、絵の展覧会を紹介した地方版記事の見出しに目が止まった☆
ありゃ、先生じゃないですか(笑)。
先週、久々に絵画教室を覗きに行ってきて、ものすごくホッとして色々と考えさせられたところで、記事の一節にも先生の人柄がにじみ出ているようでなんだかあったかい気持ちになりました。
”続ける”ということは大切なことだなぁ〜としみじみ思います。
会社員ならもうすぐ定年を迎える時期で、色々とリタイアした後のことを悩んだりする年頃なんだろうけど、ずっと絵で食べてきて、多くの人に認められて、改めてスタートラインに立つ!なんていうのは、やっぱりすごいことだと思うし、幸せなことなんだろうなぁ〜。
郊外の街で不便さを承知しながら「お酒飲むからクルマは持たない方がいいんだぁー」とか言って、真夏の暑い日も真冬の寒い日も自転車やバスで市内あちこちの教室や学校を回って、待ち時間ができればその場所でスケッチしているような先生は、ホント誠実でやさしい大人像そのもの!
(見た目はちょっとコワそうなイメージだけどね・・・笑)
身近な範囲に”先生”とか”師匠”とか、心から呼べるような人がいるというのは、自分の身が引き締まるような効果があって、すごくいいことだなぁ〜と思う。
で、やっぱり継続して自分を高めていくには、上の世代からも下の世代からも”見られている”ことを意識できるような環境に身を置くことが大事なんだろうねぇ。
オッサンと呼ばれる歳になっても(笑)、一人前の安定した生活を続けていても、人間はやっぱり学んでいく生き物。
流れを止めて澱まないように、もっともっと風にあたって心を研ぎ澄まさなくちゃ。
ありゃ、先生じゃないですか(笑)。
先週、久々に絵画教室を覗きに行ってきて、ものすごくホッとして色々と考えさせられたところで、記事の一節にも先生の人柄がにじみ出ているようでなんだかあったかい気持ちになりました。
”続ける”ということは大切なことだなぁ〜としみじみ思います。
会社員ならもうすぐ定年を迎える時期で、色々とリタイアした後のことを悩んだりする年頃なんだろうけど、ずっと絵で食べてきて、多くの人に認められて、改めてスタートラインに立つ!なんていうのは、やっぱりすごいことだと思うし、幸せなことなんだろうなぁ〜。
郊外の街で不便さを承知しながら「お酒飲むからクルマは持たない方がいいんだぁー」とか言って、真夏の暑い日も真冬の寒い日も自転車やバスで市内あちこちの教室や学校を回って、待ち時間ができればその場所でスケッチしているような先生は、ホント誠実でやさしい大人像そのもの!
(見た目はちょっとコワそうなイメージだけどね・・・笑)
身近な範囲に”先生”とか”師匠”とか、心から呼べるような人がいるというのは、自分の身が引き締まるような効果があって、すごくいいことだなぁ〜と思う。
で、やっぱり継続して自分を高めていくには、上の世代からも下の世代からも”見られている”ことを意識できるような環境に身を置くことが大事なんだろうねぇ。
オッサンと呼ばれる歳になっても(笑)、一人前の安定した生活を続けていても、人間はやっぱり学んでいく生き物。
流れを止めて澱まないように、もっともっと風にあたって心を研ぎ澄まさなくちゃ。
まるでモルモットを使った実験のように自分の娘に毒を盛られた母親もいれば、学校にも通わせずに18年間も娘を家に閉じ込めて育て続けた母親もいる。
家族と言うのは最小の社会単位だ。
そこの中で起きているひとつひとつの異変は、社会全体の大きな変化にもつながっていると思う。
いずれの事件も、ちゃんとサインがあって何度も止められるチャンスがあったのに、社会が個人の暴走を止めることができなかったという点は共通している。
身内で止められなくて、地域でも止められなくて、行政でもやっぱりアウト!
例の耐震偽造事件も個人の暴走を誰も止められなかったワケで・・・。
中途半端な信頼は、もう通用しないということなんだろう。
親子なら大丈夫、部活動なら大丈夫、資格があれば大丈夫・・・とかね。
個人でいろんなことができる世の中ってのは、幸福で恵まれた環境だとは思うのだけど、ここまでくると”個”を通り越して”孤”までいってしまった感があるナ。
どんな人でも犯罪に手を染める時ってのは、周辺のことが見えずに”孤独”の中を漂っている状態になっているような気がする。
”社会”は本来、人を孤独にしない集まりだというのにね。
家族と言うのは最小の社会単位だ。
そこの中で起きているひとつひとつの異変は、社会全体の大きな変化にもつながっていると思う。
いずれの事件も、ちゃんとサインがあって何度も止められるチャンスがあったのに、社会が個人の暴走を止めることができなかったという点は共通している。
身内で止められなくて、地域でも止められなくて、行政でもやっぱりアウト!
例の耐震偽造事件も個人の暴走を誰も止められなかったワケで・・・。
中途半端な信頼は、もう通用しないということなんだろう。
親子なら大丈夫、部活動なら大丈夫、資格があれば大丈夫・・・とかね。
個人でいろんなことができる世の中ってのは、幸福で恵まれた環境だとは思うのだけど、ここまでくると”個”を通り越して”孤”までいってしまった感があるナ。
どんな人でも犯罪に手を染める時ってのは、周辺のことが見えずに”孤独”の中を漂っている状態になっているような気がする。
”社会”は本来、人を孤独にしない集まりだというのにね。