週末に父親の還暦祝いをしてきました。
親子揃って若返りを果たそうと(笑)
コラーゲンたっぷり、ふぐづくしプランの温泉宿へ。
最近では、ほとんどオリンピック並みの周期でしか
家族が集まることもなかったので、酒好き一家の宴は
学生の鍋パーティーの如く深夜まで続き、弟、撃沈(笑)
炭火でいただく「魚醤焼き」が美味でした〜!(画像参照)
カタクチイワシを醗酵・熟成して造る
この南知多特産の魚醤につけ込んで焼く河豚料理だそうで
なんだか香ばしくなって高級な鶏肉っぽい感じになります
今年入って、食の方は海鮮で大充実なんだけど
そろそろ贅沢打ち止めしないと家計も崩壊の危機・・・。
いやいや、先のことは考えず
とりあえず内需拡大に貢献しようではないか☆
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思い切って、髪を短く切ったら耳元が寒い・・・。
美容師さん、不景気を語る!
「元々、美容業界は店舗多過ぎて、常に競争が激しいので、いつも不景気みたいなもんです」と。
女性客は特に、リピートに繋げるの難しいので、かなり不安定なんだとか。
最近の若い男性客の理髪店からのシフト傾向が、かなりありがたいらしいです。
20代のうちに独立→中年までにしっかり固定客を増やして借金を返済→
馴染みの固定客と仲良く老後のパワーダウンを乗り切る!
と、まぁ、大ざっぱですが、こんなライフプランで堅実に行くのが良いらしいです。
腕一本の世界なので、シンプルと言えばシンプル。
この先、サラリーマンよりも自営業の方が堅実と言われる時代がくるのかもしれません。
アメリカ、一日で6万人リストラって一体・・・!?
桁違いの赤字とか、実感のない数字が毎日踊っています。
それにしても、実体のないお金ってコワい。
みるみるうちに世界中から、お金が消えてなくなります。
贅沢がやめられないまま破綻していく「日々の泡」(ボリス・ヴィアン)を思い出しました。
岡崎京子の「うたかたの日々」を読み返そうー。
昨夜、音楽マニアな友人と70〜80年代邦楽を辿っていたら
午前2時頃に森◯童子に行き着いて、とっぷりとその世界に浸かってしまい
やっぱりこの人、すごいなぁー!!と、改めて感動しまくって寝不足気味なRYOです(笑)。
天気は良かったけどキーンと冷えた日曜日、皆様いかがお過ごしでしたでしょうか?
僕は愛知県美術館で開かれている
「アンドリュー・ワイエス 創造への道程(みち)」展覧会を観てきましたー。
世界金融危機から一番遠くにある!?アメリカの原風景です。
オルソン姉弟と一緒に暮らしながら絵を描いて過ごした時代の作品に強く惹かれました。
体の不自由なクリスティーナの懸命な生。
なんだか周囲の全てを愛するように満ち足りた日常生活の空間。
大袈裟な言い方かもしれないけど、なんだか人間の営みの原点のようなものに触れた気がしました。
その後は、名駅近くのカフェにて、この春に開催予定の写真展の打ち合わせ。
総勢9名、各3点の組み写真での展示です。
また詳細はこのブログで告知しますね。
それにしても日曜なのに名古屋空いてたなぁー。
電車の車窓から見えた三河あたりのアパートやマンションも空家が目立った気がする。
覚悟しておかねば、これは・・・。
追記
アンドリュー・ワイエス氏は、この会期中の1月16日に91歳で永眠されたとのことです。
ご冥福をお祈りいたします。
岡崎京子の「ハッピィ・ハウス」では、主人公の中学2年生13歳の鈴木るみ子ちゃんが
崩壊した家族を目の当たりにして、鈴木家乗っ取り計画を企てます。
90年代初頭、失われた家族を巡って冒険する中学生女子のハチャメチャなストーリー。
でも最後にるみ子ちゃんは気が付きます。
家族はバラバラでも、居心地のいい箱としてのマイホームは素晴らしかった・・・。
「マイホームレス・チャイルド 〜今どきの若者を理解するための23の視点〜」
三浦展 著 クラブハウス 刊
冒頭で触れたように、タイトルを見た時に岡崎京子の「ハッピィ・ハウス」を思い出しました。
その90年代初頭に中学生だった世代は、いわゆる「団塊ジュニア」。
僕たちの世代です。
その団塊ジュニアが社会に若者として巣立っていき、どんな生き方・考え方をしているのかを
マーケティングのプロである著者が丹念に調査して積み上げた内容です。
5年後に文庫本として再発刊した際にはサブタイトルが
「マイホームレス・チャイルド 〜下流社会の若者たち〜」に変わってました。
う〜む、さすがマーケティング的に工夫してる!?(笑)
それはさておき内容は
「ゆるさ」「なごみ」「自由」「ストリート」「レトロ」などなど
現代の若者世代を語る上で欠かせない要素について丁寧に考察されています。
当たり前の話ですが、傾向について語っているだけで
若者に限らず、人はそれぞれの置かれた環境で千差万別な生き方をしています。
ただ、バブル崩壊から現在の世界同時不況に至るまでの間に
経済の縮小に伴って価値観が変化してきていることは確かだと思いました。
人生の大きなイベントにあまりお金をかけないのも
その日その日の生活を大切にして
そこそこ楽しく生きられるための前向きな変化と受け取るべきでしょう。
モノの消費も増えず、労働のカタチが変わってくると
「寄らば大樹の陰」的な発想で雇用を守っていくのは困難になり
最低限の保証で真の自立が求められる社会になっていくわけで
モノを所有せずにリスクを避けるという選択は当然かもしれません。
最初から居心地のいい”箱”を与えられた世代でもあるわけで
その”箱”を守るために、他への投資を極力絞る節約志向は
年金で生活する高齢者のライフスタイルに似ています(笑)。
それはつまり、国際競争にさらされながら不安定な外貨を稼ぐ労働よりも
昔から変わらないような、収入は少なくても持続可能な地域社会を住み良くする労働へのシフト。
実態と乖離したマネーに一喜一憂するよりも
経済の原点に回帰して、足りないものを補い合うような
人と人が支え合う感覚の方が幸福と感じるわけで
若者文化に登場した「フリマ」や「カフェ」「ボランティア」志向の流れこそ
次の時代の繁栄のヒントになるものかもしれません。
グリーンニューディール政策のような
環境技術への投資で成長を維持しながら環境破壊を防ぐことも重要ですが
個人的には、その一方で経済活動を縮小して生きながらえる動きもなければ
あと10年くらいの混迷時代は持たないような気がしています。
それまでのサバイバルを痛みを感じないで前向きに捉える力というのは
例えば、若者が「軽自動車」や「自転車」に乗って生活していても
不便だけど、別に生きていけるし、他に楽しいこともあるから、まぁ、いいやって
妥協できるところにあるんだと思います。
古着やレトロなものの方がカッコいい!という価値観も
「捨てないで使う」ひとつの環境対策なのですから。