おぉっ、昭和の有名写真家・木村伊兵衛の特番があるじゃないですかぁ〜。NHKもたまにはやるねー!(笑)と、いうわけで、ビデオ(まだウチでは現役・・・)録画予約してから、週末の夜へ繰り出す。
最近、友人が新築マンションの最上階の部屋を買ったのでおジャマしに行ってきました。今回で2回目。前回はせっかくのお祝いなのでと思って、パステルのプリンをどっさり買い込んで新居披露パーティー!?へ出席したのだけど、今日は手ぶらでピンポ〜ン。早くも引っ越し前のペースに戻ってきました(笑)。が、結局広過ぎて落ち着かず、レトロな大人の雰囲気の居酒屋に場所を移して、カウンターで3人、焼酎のグラスをかたむける。
ほろ酔いで帰宅すると、まだ10時過ぎ。録画しているものの、なんだか気になってしまって途中から「木村伊兵衛の13万コマ〜よみがえる昭和の記憶〜」を見る。アラーキーが木村伊兵衛の魅力を解説していたので思わずテンションが上がる!(笑)「気をつけてないと、寂しい写真になっちゃう。」とか言いながら浅草界隈をライカ持って闊歩していたのが印象的だった。相変わらずエネルギッシュな方だナ。対する番組の主役、木村伊兵衛氏の写真はまるで自分の存在をかき消しているかの如く、その場の雰囲気を丁寧に静かに写しとっている。でもその視線はどこかあたたかでやさしい。あぁ〜、昭和ってこんなにあったかい時代だったんだなぁ〜って思えてくる。
だが、そんなあたたかでのどかな時代がそう長くは続かないことを木村伊兵衛氏は知っていたのだろう。都市に住む人の穏やかな日常風景が50年後には貴重な光景になっていることを意識していたその撮影スタイルは、人間の目こそカメラなんだってことを教えてくれる。
木村伊兵衛氏が生涯撮影した13万もの膨大なショットの締めくくりは、昭和49年4月12日の「上野・寛永寺の桜」。な、なんと、その日は偶然にも僕の誕生日・・・そのごく稀なタイミングの重なりに思わず心が震えました。どうやらその日の東京は満開の桜が咲きわたる穏やかな晴天だったようです。人気の少ない境内、ハト、通行人、クルマ、少女・・・続いてくコマの流れ。これが僕がこの世に産まれてきた日の日常風景だと思うと、人生ってすごいナ、不思議だナって、今までに味わったことのないような気持ちになりました。
そして木村伊兵衛氏の写真家人生の最後のカットは桜の下で遊ぶ少女の姿・・・アラーキーがそのカットを見て「この桜と少女は泣けるね・・・」と言ってから、しばらく無言で何かを噛み締めるように何度も頷いていました。そして僕も、味わったことのない感動の中、しばらくかたまっていました(笑)。
切なるまなざしの行方。何気ない僕たちの日常の断片。同じ光景は二度と繰り返すことはありません。あぁ、”写真”ってまさにそういうことなんだよね。
最近、友人が新築マンションの最上階の部屋を買ったのでおジャマしに行ってきました。今回で2回目。前回はせっかくのお祝いなのでと思って、パステルのプリンをどっさり買い込んで新居披露パーティー!?へ出席したのだけど、今日は手ぶらでピンポ〜ン。早くも引っ越し前のペースに戻ってきました(笑)。が、結局広過ぎて落ち着かず、レトロな大人の雰囲気の居酒屋に場所を移して、カウンターで3人、焼酎のグラスをかたむける。
ほろ酔いで帰宅すると、まだ10時過ぎ。録画しているものの、なんだか気になってしまって途中から「木村伊兵衛の13万コマ〜よみがえる昭和の記憶〜」を見る。アラーキーが木村伊兵衛の魅力を解説していたので思わずテンションが上がる!(笑)「気をつけてないと、寂しい写真になっちゃう。」とか言いながら浅草界隈をライカ持って闊歩していたのが印象的だった。相変わらずエネルギッシュな方だナ。対する番組の主役、木村伊兵衛氏の写真はまるで自分の存在をかき消しているかの如く、その場の雰囲気を丁寧に静かに写しとっている。でもその視線はどこかあたたかでやさしい。あぁ〜、昭和ってこんなにあったかい時代だったんだなぁ〜って思えてくる。
だが、そんなあたたかでのどかな時代がそう長くは続かないことを木村伊兵衛氏は知っていたのだろう。都市に住む人の穏やかな日常風景が50年後には貴重な光景になっていることを意識していたその撮影スタイルは、人間の目こそカメラなんだってことを教えてくれる。
木村伊兵衛氏が生涯撮影した13万もの膨大なショットの締めくくりは、昭和49年4月12日の「上野・寛永寺の桜」。な、なんと、その日は偶然にも僕の誕生日・・・そのごく稀なタイミングの重なりに思わず心が震えました。どうやらその日の東京は満開の桜が咲きわたる穏やかな晴天だったようです。人気の少ない境内、ハト、通行人、クルマ、少女・・・続いてくコマの流れ。これが僕がこの世に産まれてきた日の日常風景だと思うと、人生ってすごいナ、不思議だナって、今までに味わったことのないような気持ちになりました。
そして木村伊兵衛氏の写真家人生の最後のカットは桜の下で遊ぶ少女の姿・・・アラーキーがそのカットを見て「この桜と少女は泣けるね・・・」と言ってから、しばらく無言で何かを噛み締めるように何度も頷いていました。そして僕も、味わったことのない感動の中、しばらくかたまっていました(笑)。
切なるまなざしの行方。何気ない僕たちの日常の断片。同じ光景は二度と繰り返すことはありません。あぁ、”写真”ってまさにそういうことなんだよね。
お待たせしました。
アートマンモス出店紹介ページができました。
”出店”というよりは”出展”というコンセプトでいこうと思っていましたが、さすがにフリーマーケットのイベント内ということもあって、それなりに商品を置いておかなくちゃなぁ〜と、こんな商品を作ってみました。ポストカードはお約束ですが「クリスタルフォトボックス」はたぶん他にはない形式のモノだと思いますよ〜。果たしてこれが受け入れられるかどうかは別ですが・・・(笑)
ここんところ、こういう機会を無理矢理自分に仕掛けたこともあって、色々と考えさせられました。自分が写真でやりたかったことの輪郭が再び浮かび上がってきたように思います。
写真をやってる人にとって、その発表の場がコンテストだったり、写真展だったり、雑誌の投稿だったり様々ですが、こういうのも不特定多数の人に見てもらえるのでいいかなぁ〜と軽い気持ちで挑戦してみました(笑)。実は写真展をやりたいなぁ〜思って、できるだけ形式にとらわれずに展示できる所はないかと去年は色々探していたのですが、場所が遠かったり、日程的に仕事を休まなくちゃいけなかったりと、なかなかできそうなものに巡り合わなかったんですよね。それならいっそのこと、イベントに乗っかってやってしまおうと、こういう形式を思い付いたんです。
サイトをそのままオフに持ってく感覚で、まさに路上アーティスト系!こりゃ、自分が試されるわ・・・(笑)
アートマンモス出店紹介ページができました。
”出店”というよりは”出展”というコンセプトでいこうと思っていましたが、さすがにフリーマーケットのイベント内ということもあって、それなりに商品を置いておかなくちゃなぁ〜と、こんな商品を作ってみました。ポストカードはお約束ですが「クリスタルフォトボックス」はたぶん他にはない形式のモノだと思いますよ〜。果たしてこれが受け入れられるかどうかは別ですが・・・(笑)
ここんところ、こういう機会を無理矢理自分に仕掛けたこともあって、色々と考えさせられました。自分が写真でやりたかったことの輪郭が再び浮かび上がってきたように思います。
写真をやってる人にとって、その発表の場がコンテストだったり、写真展だったり、雑誌の投稿だったり様々ですが、こういうのも不特定多数の人に見てもらえるのでいいかなぁ〜と軽い気持ちで挑戦してみました(笑)。実は写真展をやりたいなぁ〜思って、できるだけ形式にとらわれずに展示できる所はないかと去年は色々探していたのですが、場所が遠かったり、日程的に仕事を休まなくちゃいけなかったりと、なかなかできそうなものに巡り合わなかったんですよね。それならいっそのこと、イベントに乗っかってやってしまおうと、こういう形式を思い付いたんです。
サイトをそのままオフに持ってく感覚で、まさに路上アーティスト系!こりゃ、自分が試されるわ・・・(笑)
春撮影解禁!先週、ロケハンしただけあって、ポイントを絞れてスムーズに撮影ができた!つぼみばかりだった梅が一気に花開いて春本番。ここまで暖かいと桜の季節かと、勘違いしそう・・・。
それはそうと、お昼に休憩がてら入った半田の「童話の森・新美南吉記念館」が僕的に大ヒット。「ごんぎつね」と言えば小学校の教科書にも出てくる新美南吉のお馴染みの作品。僕は学芸会でもやりました。ごんでも、兵十でもなく、鍬を持って噂話をする村人A的役柄を演じた気がするが(笑)。台詞も名前も忘れた・・・「兵十のおっかぁが〜(なんたらかんたら)」って言ってたような。その「ごんぎつね」の物語の舞台にもなった新美南吉の故郷が、ちょうど知多半島のど真ん中にある愛知県半田市岩滑なのです。
よくよく経歴を見てみると新美南吉、半田市の隣に住んでるウチのじいさんとほぼ同年代(微妙に年下か!?)じゃないですか・・・なんか、おじいさんの青春時代の頃のこの地域の空気や雰囲気が伝わってくるようで新鮮でした。
それにしても大正から戦前にかけてのロマンティシズムの時代ってなんか惹かれるなぁ〜。宮沢賢治、北原白秋、竹久夢二、中原淳一・・・その系譜に新美南吉という童話作家が誕生していたことになるのか。29歳という若さでその生涯を閉じることになってしまったことが悔やまれます。
晩年、医者からあきらめられた頃に、病床から友人に送ったハガキの言葉「今年も梅が咲きました・・・」が心にじんわり響いた。まもなく新美南吉の命日です。今朝梅を見てから、導かれるようにここにやってきたことに何かしら意味があるような気がしてしまいます。また来ようと思いました。

それはそうと、お昼に休憩がてら入った半田の「童話の森・新美南吉記念館」が僕的に大ヒット。「ごんぎつね」と言えば小学校の教科書にも出てくる新美南吉のお馴染みの作品。僕は学芸会でもやりました。ごんでも、兵十でもなく、鍬を持って噂話をする村人A的役柄を演じた気がするが(笑)。台詞も名前も忘れた・・・「兵十のおっかぁが〜(なんたらかんたら)」って言ってたような。その「ごんぎつね」の物語の舞台にもなった新美南吉の故郷が、ちょうど知多半島のど真ん中にある愛知県半田市岩滑なのです。
よくよく経歴を見てみると新美南吉、半田市の隣に住んでるウチのじいさんとほぼ同年代(微妙に年下か!?)じゃないですか・・・なんか、おじいさんの青春時代の頃のこの地域の空気や雰囲気が伝わってくるようで新鮮でした。
それにしても大正から戦前にかけてのロマンティシズムの時代ってなんか惹かれるなぁ〜。宮沢賢治、北原白秋、竹久夢二、中原淳一・・・その系譜に新美南吉という童話作家が誕生していたことになるのか。29歳という若さでその生涯を閉じることになってしまったことが悔やまれます。
晩年、医者からあきらめられた頃に、病床から友人に送ったハガキの言葉「今年も梅が咲きました・・・」が心にじんわり響いた。まもなく新美南吉の命日です。今朝梅を見てから、導かれるようにここにやってきたことに何かしら意味があるような気がしてしまいます。また来ようと思いました。